地の果てにある希望
    
芳澤理 Cornerstone Ministry代表
23歳でクリスチャンとなる。京都大学宇宙物理学(MSc)
Regents Theological College (BA)、韓国トーチトリニティ神学大学院 (MDiv)
元韓国オンヌリ教会日本語礼拝部伝道師。

アバディーン・にほんごくらぶ・Gilcomston|Aberdeen
青い海と青い空
アバディーンの空は青く、遠く地平線で青い海と一つになっています。またその昔、青い海は地の果てへとつながっていました。大航海時代、カトリック宣教師たちはこの海の路(みち)を辿り日本へ向かいました。何カ月にも及ぶ航海の旅には数々の困難が待ち受けていました。暴風、難破、海賊、病気など。宣教地にたどり着く前に命を落とす宣教師もいました。

また、日本を訪れた内容を記した大切な宣教報告書が本国に送り届けられる保証もありませんでした。そのため、宣教報告書は何通も写しが取られ、それらは別々の船に託されました。仮に一隻が難波しようとも、他の船がそれらの手紙を届けられるようにしたのです。実践的な理由でこのように写しが取られていったわけですが、結果として世界各国に宣教報告が広げられていきました。

これらの多くの宣教報告の写しは大切に保管され、日本を訪れた宣教師たちの「地の果てから来た手紙」として、時を超えた今も目を通すことができます。青い海の路は空の路に、海外宣教報告もインターネットと時代こそ変化していますが、遠い地平線で空と海が一つとなっているように、宣教師たちの「地の果てから来た手紙」も時を越えて一つになっているように思えます。宣教師たちの手紙は、神様がなされた御業で満ちており、今の私たちにも神様は希望を見させてくださるからです。

宇宙に浮かぶ『きぼう』
技術と知識が発展し、21世紀には私たちの「果て」という考えも広がりました。大航海時代に考えられていた「地の果て」ではなく、今、私たちの「果て」は宇宙へと広がっています。「果て」の広がりは、新しい発見でもあり、また同時に挑戦を意味します。そんな魅力にかきたてられた私も宇宙の研究に熱心な一人でした。宇宙はとてつもなく広い空間です。私たちが住む太陽系を宇宙ということもあれば、太陽系が属する銀河系を宇宙ということもあります。また他の銀河系や銀河系の集団を指して大宇宙ということもあります。そもそも「果て」があるのかという疑問は、宇宙にはあてはまらないかのようです。

私は宇宙の研究をとおして、人間の存在がいかに小さなものであるかということに気がつかされました。天文学的に見れば、私たちの人生は一瞬にしかすぎません。星々が広大な宇宙空間にちりばめられているように、私たちの人生は砂浜の砂粒のようなものにうつるかもしれません。しかし、ここに大切な事実があります。私たちが存在しなければ、宇宙の壮大さや美しさは存在しないのです。私たちがいなくても宇宙は存在し続けるでしょう。ただ、それでは宇宙は無限に広がる空虚としか認識されえないと言えます。それと同じように、私たちも私たちの存在に目を留めてくださる神様がいるからこそ、砂に埋もれていても美しく輝く存在となりえるのです。そのように、果てしないこの宇宙も私たちとつながっているといえると思います。

私たちにもっとも近い宇宙といえば、宇宙ステーションではないでしょうか。最近、日本独自の実験施設が宇宙ステーションに取り付けられました。この実験施設が「きぼう」と名付けられていることに、私は内心うれしく思いました。すべてメイド・イン・ジャパンで作られた実験施設で、無重力環境を利用して科学技術、医療研究がなされていきます。地上の重力下では考えられなかったことや、不可能であったことが、この無重力環境では可能となるのです。果てしない宇宙にあるからこそ、逆に私たちは希望を見いだすことができています。

新たな「地の果て」に立って
海外宣教に携わる宣教師たちも、時代ごとに「地の果て」に希望を見てきました。言葉や文化、気候が全くことなる地であるがゆえに、本国では考えられなかったような神様の御業を経験してきました。今や、技術が発達し物理的な「地の果て」こそなくなってきましたが、現代社会の多様化と激しい人の流れによって、逆に「果て」は広がっているように思えます。海外で日本人宣教する中で、この変化は大きな可能性であるとともに、新たな挑戦となるでしょう。そのような意味で、海外日本人宣教も新たな「地の果て」に立たされています。そして同時に、海外日本人伝道は日本人単独、国産の働きではないと示されるのです。福音がそうであるように、日本人宣教は現地ですべての人々に向けられています。そして現地の方々の協力や励ましがあるからこそ、希望を抱きつづけることができていると言えます。リビングライフ読者の皆さんが「地の果てから来た手紙」をこれからも心に留めてくださり、世界中の地の果てに立つ多くの宣教師を覚えて、続けてお祈りくださるとうれしく思います。最後に、私たちからは読者の皆様が地の果てにおられる宣教師だと感じます。神様の与えてくださった場所で、それぞれ愛の人となることができますようにお祈りします。


Article by Cornerstone
この記事はリビングライフ2008年6月号にも掲載されました


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